担当医師あいさつ
首や腰の痛み、手足のしびれは年齢を問わず多くの方に認められる症状です。これらの症状の原因には様々なものがあり、その正確な診断には背骨についての専門的な知識が必要です。地域の主幹病院で背骨の専門医として20年間治療に従事してきた経験の中で、正しい診断が下されずに治療が行われていたために、症状が改善しなかったり、さらに増悪してしまったという方にしばしば遭遇しました。このようなことがないように、当外来では患者さんの話しを丁寧に聞き、専門的な知識や経験と照らし合わせて正しい診断を下し、その診断に基づいてより良い治療を行うようにいたします。治療は手術以外の治療法を基本として行います。当然、少数ながら手術が必要となる方もいらっしゃいますが、手術は最後の手段という考えです。
大学病院並みの診断レベルを保ちつつ、気軽に診療が受けられるように常に努力したいと思いますので、よろしくお願い致します。
背骨の病気について
肩こり・首の痛み
肩こり・首の痛みは、首の骨(頚椎)が変形し神経が圧迫されることで生じるものと、それ以外の原因で生じるものに分けることができます。神経が圧迫されることで生じる痛みは、首周囲の痛みに加え肩甲骨や腕にも痛みが生じる(図1)ことが多く、それ以外が原因の痛みと区別することができます。神経が圧迫される病気には頚椎症性脊髄症、頚椎椎間板ヘルニア、腫瘍(良性、悪性)、感染症(骨や椎間板にばい菌がつくこと)などがあります。これらの病気は放置しておくと手足が麻痺してしまう危険性があります。従って、首周囲の痛みに加え肩甲骨や腕の痛みがある場合は、レントゲン検査だけでは不十分でMRIによる精査を行う必要があります。首周囲の痛みのみの場合は、頚椎の変形や筋肉の疲労によるものがほとんどですが、稀に他の病気によるものもありますので、治療を行っても治らない場合は精密検査を行う必要があります。
腰痛
腰痛は急激に痛みが生じるものと、慢性的に痛みが持続するものに分けることができます。
急激に腰に痛みが生じた時、その原因の多くは、いわゆる〝ぎっくり腰〟といわれる腰周辺の筋肉や関節の炎症で、1~2週間の安静で痛みは軽快します。しかし、圧迫骨折、腰椎椎間板ヘルニア、腰の感染症(ばい菌が侵入すること)、腰の骨への癌の転移、大動脈解離、内臓の病気(尿管結石など)などによっても腰に急激な痛みが生じます。これらの病気は安静のみでは症状が軽快しません。病気よっては早急に治療を行わないと命に関わることもあります。従って、急激に腰痛が生じた場合は〝ぎっくり腰〟だろうと自分で判断せず、まずは整形外科医の診察を受けることをお勧めします。
慢性的に腰に痛みが持続する場合、腰部椎間板症という腰の骨と骨との間にありクッションの役割をしている椎間板が傷んでしまう病気が原因となっている場合がほとんどです。しかし、骨そしょう症、腰の感染症、腰の骨への癌の転移、内臓の病気(膵臓癌など)などでも腰に慢性的な痛みが生じます。これらの病気が原因の場合、寝たきりになったり、命に関わることもあります。従って、3週間以上痛みが持続する場合は、例え痛みが軽度でも整形外科医の診察を受け、MRI等にて精密検査を行うことをお勧めします。
お尻から足にかけての痛み(坐骨神経痛)(図2)
お尻から足にかけて、神経に針を刺されたような強い痛みが生じることがあります。この症状のことを、一般に坐骨神経痛と呼びます。坐骨神経痛の原因として多いのは腰部脊柱管狭窄症と腰椎椎間板ヘルニアです。しかし、腰やお尻の骨に癌が転移したり、結核などのばい菌が骨や筋肉についた場合にも坐骨神経痛を生じることがあります。従って、神経痛は治らないからと放っておくことはせずに先ずは整形外科専門医、特に背骨の専門医を受診し、正しい診断と適切な治療を受けることをお勧めします。当院では日本脊椎脊髄病学会認定脊椎脊髄外科指導医の資格を持つ医師が治療を行っています。
手のしびれ
手にしびれを生じる病気は、脳に原因があるもの(脳梗塞、脳腫瘍など)、頚椎(首の骨)に原因があるもの(頚椎症性脊髄症、頚椎椎間板ヘルニアなど)、腕そのものに原因があるもの(手根管症候群、肘部管症候群など)に分けることができます。これらを区別し正しい診断を下すためには専門的な診察が必要なのですが、中には特徴的な症状が出現する病気もあります。一つは頚椎椎間板ヘルニアで、この病気では首を後ろに反るとしびれや痛みが腕から手にかけて生じ、腕を挙げて手を頭の上に載せるとしびれや痛みが楽になります。もう一つは手根管症候群です。この病気では、しびれが朝起きがけに強く生じ、ひどい場合はしびれで目が覚めてしまいます。しかし、起きて手を動かし始めるとしびれが楽になります。また、しびれは主に人差し指となか指に強く、小指にはほとんどありません。
手のしびれは前述のように様々な病気で生じます。病気によっては命に関わるものもありますし、放っておくと手足が動かなくなってしまうものもあります。ですから、しびれが持続する場合は例え軽くても、一度整形外科医の診察を受けることをお勧めします。
骨そしょう症
骨そしょう症とは、本来身体を支える役割を持つ骨が、その強度を失ってしまい身体を支えることができなくなってしまい、特に大きな怪我がないにもかかわらず関節・腰に痛みや骨折が生じる病気です。
50代以降の女性に多く発症し、年齢とともに発症率が増加します。また、若い頃に極度なダイエットをした方では比較的若い頃から発症することがあります。男性でも痩せ型の方や前立腺癌の治療を行っている方には発症することがあります。
骨そしょう症の原因は、骨の中で常に行われている古い骨を壊し新しい骨で置き換えるという作業のバランスが崩れてしまうことです(図3)。すなわち骨を壊す作業が骨を作る作業を上回ってしまうことで骨が弱くなってしまうのです。これには骨を壊す作業がより多く行われる場合、骨を作る作業がうまく行われない場合、その両方が生じている場合があります。
診断には骨密度の測定(当院で簡単に行え、痛みの伴う検査ではありません)と採血を行います。
治療の基本は痛みや骨折が生じる前に病気を発見し、適切な治療を行うことです。従って、50代以降の女性や前立腺癌の治療を行っている男性は痛みなどの症状がなくても定期的に骨密度を測定することをお勧めします。現在、骨そしょう症に対しては様々な治療薬があります。これらを骨密度と採血の結果を参考にして単独又は複数を組み合わせることで治療を行います。
また、痛みや骨折が生じてしまった場合でも、従来使用されていた骨そしょう症治療薬より強力な治療薬が近年開発されたため、適切な治療を行うことにより痛みを減少させたり骨折を治癒させることが可能になっています。骨そしょう症の薬を飲んでいるのに腰や膝の痛みが取れない方や、膝にヒアルロン酸を注射しても痛みが取れない方は、これらの強力な治療薬を使うことで痛みが改善する場合があります。
当院では検査結果に基づいた適切な治療を行っております。腰や膝の痛みでお悩みの方は一度骨そしょう症に対する精密検査を受けてみては如何でしょうか。
圧迫骨折
圧迫骨折とは怪我や骨そしょう症を原因として、背骨に生じる骨折のことです(図4)。以下に頻度として多い骨そしょう症を原因とした圧迫骨折について話します。
骨そしょう症を原因として生じる圧迫骨折は、骨そしょう症により背骨の強度が体重を支えられない程度にまで低下してしまい、自分自身の体重で背骨が潰れてしまうことで生じます。そのため、明らかな怪我がないにもかかわらず突然背中に痛みが生じることになります。寝起きに強い痛みを生じるが、起きてしまえば楽になるというのが症状の特徴です。そのため、家族や医師が大したことがないと考えてしまい、しばしば診断が遅れてしまうことがあります。またレントゲン写真を撮っても痛みが出てすぐの場合、骨折が分からないことがあり、このことも診断が遅れる原因になります。診断が遅れてしまうと薬物だけで治療することが困難になる場合があるので、高齢の女性にいつもと異なる腰の痛みが生じた場合は必ず整形外科特に背骨の専門医のいる医療機関(当院では脊椎脊髄外科指導医という背骨のエキスパートが診察を行っております)への受診をお勧めします。
圧迫骨折の治療は骨折が生じた部位により異なります。骨折が治りにくい腰の上の方の骨の骨折では、硬いコルセットによる固定が必要となる場合があります。この部位の骨折は痛みが強い場合が多く、コルセットを着けることで痛みがかなり軽減します。他の部位の骨折では場合に応じてコルセット等を使用します。その上で、骨折の原因となっている骨そしょう症の治療を行います。既に圧迫骨折が生じている方には、次々に新たな圧迫骨折が生じることが分かっており、複数以上の骨折が生じると、多くの方で腰が曲がってしまい歩行が困難になります。従って、新たな骨折を予防するための的確な骨そしょう症に対する治療が重要となります。
腰椎椎間板ヘルニア
腰椎椎間板ヘルニアとは腰骨と腰骨の間にあり、クッションの役割をしている椎間板が椎間板の後ろにある神経の方に飛び出してしまい神経を障害する病気です(図5)。腰骨の中にある神経は足の付け根から先の部分にその先端が存在するので、神経が障害されるとその走行に沿った痛みやしびれが生じます。一番多くヘルニアが生じるのは、5つある腰骨のうち上から数えて4番目と5番目の骨の間で、次いで5番目の骨と骨盤の骨の間で生じます。これらの部位にヘルニアが生じるとお尻から太ももの後面、ふくらはぎの外側から後面、足にかけて痛みが出現します。この痛みを坐骨神経痛と呼びます。
ヘルニアは約7割の方で3ヶ月以内に自然に痛みが消失します。従って、症状が出て3ヶ月以内に手術を行うことは限られた場合のみです。おしっこが出しづらくなったり、足の動きが悪くなったりした場合がそれに当たります。この場合は緊急に手術が必要になるので、早急に手術が可能な病院を受診することをお勧めします。その他の場合では、まずは投薬やブロック療法を行い痛みの早期沈静化を目指します。ブロック療法には腰に注射を行うものから神経に直接注射を行う神経根ブロックというものまで様々なものがあります。神経根ブロックは他のブロック療法や薬物療法が効かない場合にのみ行います。他院で“手術しかない”と言われた方でも、神経根ブロックを行うことで痛みが劇的に改善し手術を回避できた方が多くいます。当院では神経根ブロックを含め様々な方法を用いて治療を行っており、なるべく手術を行わないことを基本にしています。また、2018年8月から新規の治療法として椎間板内酵素注入療法(以下に詳しい説明があります)が保険適用になりました。これらの治療が無効な場合にのみ手術を行います。
腰椎椎間板ヘルニアに対する椎間板内酵素注入療法
腰椎椎間板ヘルニアに対する新しい治療法が2018年8月より健康保険認可治療法として導入されました。
腰椎椎間板ヘルニアの治療法には、薬物療法、理学療法、ブロック療法などの手術を行わない治療法(これらの手術以外の治療法は保存療法と総称されています)と椎間板摘出術や腰椎固定術などの手術療法の2通りの治療法が従来ありました。手術療法は入院期間、全身麻酔、合併症の危険性などの問題があり、“受けたいけど時間がない” “危険そうなので躊躇している”という患者さんが多くいらっしゃいました。
このたび腰椎椎間板ヘルニアに対する新規の治療法として、椎間板内酵素注入療法という治療法の保険適応が認められました。 椎間板内酵素注入療法とは、椎間板に針を刺し薬剤を注入することで椎間板を縮小させ、間接的に椎間板ヘルニアによる神経の圧迫を緩和する治療法です。 注入する薬剤は椎間板内に水分を貯留させる機能を有するタンパク質を選択的に分解する酵素で、この酵素の作用により椎間板内の水分量が減少し椎間板が縮小します。
本治療法は背中から針を刺すだけなので手術療法に比べて安全性は格段に高く、入院も1泊で行えます。保存療法を充分に行ったにも拘らず症状が改善しなかった方が、手術を考える前に試してみるべき治療法です。
この治療法は多くの椎間板ヘルニア患者さんに適応することが可能ですが、治療効果があまり見込めない方もいらっしゃいます。当院には日本脊椎脊髄病学会が認定した本治療法を行うことが可能な脊椎脊髄外科指導医がおりますので、充分にお話を聞き診察を行った上で最も適切な治療法をお薦めさせて頂きます。“病院に通っているけどなかなか足の痛みがとれない、でも手術はちょっと・・・”と思っている方は、一度ご来院下さい。
腰部脊柱管狭窄症
腰部脊柱管狭窄症とは、腰の骨の中を通る神経が、腰骨を構成する骨、靭帯(骨と骨を繋ぐ繊維組織)、椎間板(骨と骨とを繋ぐゼリー状の組織)により圧迫され障害を受ける病気です(図6)。本来これらの構造物は神経を圧迫するものではなく、むしろ神経を保護する役割を果たしています。しかし、加齢に伴いこれらの構造物が変形してしまうと、神経を圧迫するようになります。従って、この病気では、加齢とともに病気を発症する方が増加してきます。特徴的な症状として、歩き始めは痛みがないのに歩く距離が長くなると腰や脚に痛みが生じ、立ち止まって腰をかがめると痛みが消えるという症状があります。この症状以外にも朝起きがけに痛みが生じる、歩き始めのみ痛みが生じるなどの症状が出る方もいます。
治療としては内服薬や静脈注射、ブロック療法が基本となります。なかでも神経根ブロックという神経に直接注射を行う方法は、他の治療法が無効だった方でも劇的な除痛が得られる場合があり、手術が難しい御高齢の方に有用な治療法です。しかし、背骨の専門医以外はこのブロックを通常行わないため、一部の限られた施設でしか、この治療法は行われていません。当院では背骨の専門医が治療を行っているので、神経根ブロックも行っています。患者さんの多くが御高齢であることを考え、当院では様々な方法用い、なるべく手術を行わないことを基本に治療を行っています。
頚椎症性脊髄症
頚椎症性脊髄症とは首の骨(頚椎)が加齢とともに変形し、頚椎の中を通る脊髄(神経の束)が圧迫されることで生じる病気です(図7)。脊髄とは、手足を動かすために脳から送られる信号を伝える神経や、手足で感じた感覚を脳に伝える神経が束になったものです。脊髄が圧迫を受け機能が障害されると障害の程度に応じて色々な症状が出現します。障害が軽度の場合は、まず手のしびれが生じます。次に手の動きが悪くなりボタン(特に一番上のボタン)をかけること、箸を使うことが困難になってきます。同時に階段を下る時にふらつくようになってきます。更に症状が悪化すると手足が動かなくなり、首から上のみが正常に機能している状態になります。この病気では多く場合、首の痛みはないかあっても軽度なため頚椎に原因があるということが、しばしば見逃されてしまい、病気の発見が遅れることがあります。前述の症状を認めた場合は早めに背骨の専門医のいる医療機関(当院では脊椎脊髄外科指導医という背骨のエキスパートが診察を行っております)を受診することをお勧めします。
この病気の治療法ですが、残念ながら、手術以外に有効な治療法は現在のところありません。脊髄では障害された神経が機能を完全に失ってしまうと、その機能を取り戻すことは難しいため、比較的症状が軽いうちに手術をすることが勧められています。また、たとえ80歳をこえる高齢者であっても手術をすることで機能の改善が得られる可能性があるので、あきらめずに治療を行うことをお勧めします。
頚椎椎間板ヘルニア
頚椎椎間板ヘルニアは首の骨(頚椎)の骨と骨の間のクッションの役割をしている椎間板という組織が本来存在しない場所に飛び出してしまい、首の骨の中を通る手や足に行く神経を圧迫することにより生じる病気です(図8)。30歳代から50歳代の方に多く発症する病気ですが、60歳代以降でもしばしば発症します。症状ですが、左右どちらかの肩甲骨(背中の上の方に左右一つずつある骨)及び腕に非常に強い痛みが生じます。痛みは腕を挙げる(手を頭の上にのせるような動作)と軽減し、首を痛い方に傾けると増強します。また、腕の痛みはなく肩甲骨の痛みのみの方もいます。
頚椎椎間板ヘルニアは7~8割の方で3ヶ月以内に痛みが自然軽快します。そのため、治療としては自然軽快するまでの間の痛みを緩和することが基本になります。緩和する方法には鎮痛剤の投与、各種ブロック療法などがあります。